Asaってどんな人??

はじめまして!ご訪問ありがとうございます♡

Life Lighter ASA(ライフライター・あさ)です。

Life Lighterとは、関わる方の人生に光を灯していける人間でありたい、という想いからきています✨

ジェットコースターのような私の人生ストーリーを通して、ちょっと濃厚な💓自己紹介させていただきますね♪

 

北の大地が育てた変人

私は生まれも育ちも北海道です。

おいしい海の幸に囲まれながら、両親とも高校の英語教師というThe公務員一家で育ちました。

小さい頃から根が真面目すぎて、小学校でも、

「赤信号 みんなで渡れば 怖くない」というふざけた交通安全標語をいう男子に向かって

まじまじと「え、みんなで渡っても赤は赤だからダメだよ!!」と言い放ったやつです。笑

一方で「なんでなんでちゃん」という異名を持つほど、なんで?と思うことに執着し続け、

大人を困らせて厄介払いされては、図鑑を読みふけり、宇宙の原理に思いを馳せるという

おままごとにもお人形にも全く興味のない変わった少女でした。

 

闇の公務員時代

私は変人にも関わらず、

絵に描いたような安定志向の両親のレールに逆らわずに乗り続け(今思えば自分で選択をしない、という怠惰!)

大学卒業後、市役所に就職しました。

配属されたのは国保年金課・国保賦課係。

国民健康保険の加入・脱退手続きや、料金を計算して納付書を発行する部署でした。

毎日かかってくるクレームの電話、対面でのイチャモン。

社会の闇を見ているうちに、定時まで我慢すれば生活できる…

と完全なるお役所仕事として割り切ったどんどん冷酷な人間になっていきました。

そんな時にふと「1日10時間・週5日、こんなところで人生の大半とも言える時間を過ごしていていいのか?」

という問いが浮かびあがってきたのです。

思い立ったら即行動の私は、周りの反対を押し切って退職。

そこから”遅れてきた反抗期”かのように破天荒な人生を歩み始めました。

 

自分探しの旅

公務員を退職して最初にしたのは海外放浪。

バックパッカーとしてオーストラリアを放浪しながらスキューバーダイビングをしたり

フィリピンで物乞いのおじいさんに追いかけられたり…

そんなことをしているうちに資金も尽きてきたので日本に帰って就職しようと思いました。

何か好きなことを仕事にしよう!と思った私は、大学時代から趣味でやっていたヨガのインストラクターをすることになりました。

しかし、過酷な労働条件に体が悲鳴をあげ、1年もしないうちに退職。

その後も、なんとなくお金を得るために、エステティシャン、ケーキ屋さんの営業職…と転職を繰り返していたある日、

るるぶの石垣島の本を見ていた母親に、

「なにその綺麗な場所!!」と聞いた3日後には石垣島でのリゾートバイトに行っていました。

 

安定とは真逆の結婚生活

石垣島でのリゾートバイト中に出逢った青年と、結婚・出産。

結婚、妊娠、出産…女性にとってはキャリアが一旦止まってしまう、

もしくは0からのスタートになってしまう一大イベントですね。

私がそこを通過して、家計も赤字だし、また働こうってなったとき、

小さい子供を抱えて正社員はあまりに難しかったのです。

結局、できることといえば、月9万稼げれば良いくらいのパートでした。

しかもそれですら、子供がまだ小さいから急な発熱とかで煙たがられる。

学生時代勉強も頑張ってきたし、大学もそれなりのところを出て、公務員になって…

なのに今は、パートのおばちゃんにすらなれない。。。

「ああ、公務員辞めなければよかったのかも、私の人生終わった…」と鬱々と過ごしながら、

それでも諦めきれず何とか這い上がろうと、

家でできる仕事をインターネットで探し、がむしゃらにトライ→撃沈を繰り返してきました。

そんな中、とある”変態すぎる天才”との出逢いによって、

私のライフスタイルは劇的に変わることとなりました。

 

 何かを手に入れたら何かを失う?

早く成果を上げたくてPCに没頭する日々。

そんな中で家族への愛情不足を起こしてしまっていたんだと思います。

私がネットで稼げるようになってから、夫は働く気力を失くしてしまいました。

彼もそんな自分を責めていたし、お互いこのまま一緒にいることは相手をダメにしてしまうという判断をして

「良い父親・夫になって戻ってくるよ!」という言葉を残して離婚。そして行方不明に…。

 

旅行三昧の生活

お金にも場所にも時間にも自由になった私は、

それまで我慢していた海外旅行に多い時は月3で出かけるという生活をしていました。

世界は美しく、世界中で新たな出逢いがあり、視野も広がりました。

旅は、私の人生の一部。

一生やめることはないでしょう。

ですが

「私にはもっとするべきこと、磨かないといけないこと、やりたいことがあるんじゃないか?」

という問いがつきまとっていました。

 

そんな中、ふと見ていたYouTubeで、私が行った事のあるスポットを

まるで私が見てたものとは別物かのように

動画で美しく表現されている方に出逢い、

衝撃を受け

初めて恋をしたかのようなドキドキする気持ちが抑えられませんでした。

そこで、自分もただ旅を楽しむだけではなく

この美しい世界を切り取ってシェアしよう。

そしてその中で編集や機材など、日々の葛藤、

どのようにしたらこのようなライフスタイルを手に入れられるのか?

も含めて

発信していこうと思い至ったのです。

 

突然すぎる元夫の死

2018年の夏、海外事業のトレーナーとして招集された香港から帰国し、

私は親しい友人を訪ねて九州のある土地を訪れていました。

その夜、一本の電話が。

「元ご主人と思われる方がアパートの一室で亡くなった状態で発見されました。

亡骸の状態が悪いので、対面されることはお勧めしませんが、

火葬をするので、こちらの警察署まで来られますか?」と。


ショックすぎて声が出ない。

という体験を初めてしました。

なんとか震える声を振り絞って「いま、近くにいます…行きます」とだけ応えて、

彼が安置されている警察署に向かいました。

偶然にも、なんとその電話は私が訪れていた九州のある土地の警察署からだったのです。

その後の記憶にあるのは、火葬室に掛けられた彼のフルネーム、

そして息子が「パパ起きてー」と仏具の鐘を鳴らす姿です。

私が九州に行くことなんて滅多にないのに、

私のいるタイミングで、その土地で見つかった。

何かのメッセージを受け取っていたのかな、とも思いました。

 

人生振り切ってしまえ!

「息子の親はもう私一人しかいないんだ。」

そう思った時に、もの凄い不安が押し寄せてきました。

同時に、私が彼にできることはなかったのか?と考えて、自分を責める日々が続きました。

いつも、息子の保育園のある角の交差点から、不器用な笑顔でひょっこり現れる彼の姿の幻想を見ていました。

ちょっとでも気を抜くといつも涙が流れている

感情のリミッターが外れてしまったような毎日を過ごしていました。

 

そんな中、私が大変尊敬している経営者が、

「悲しい気持ちはわかるけど、とりあえずモルディブに一緒に行かない?

絶対楽しいよ!」

と悲しみに暮れている私を連れ出してくれたのです。

 

初めて訪れた異空間に私は完全に心を奪われ

ひたすらカメラを回し続けました。

こんな経験ができていることに本気で感謝しないといけない。

それを自分だけのものにしておくわけにはいかない!

 

私は自分の人生を通して

世界の素晴らしさを発信し続けよう!

 

そして今まで、周りと一緒じゃなきゃ恥ずかしい…

と自分を閉じこめ、優等生キャラを演じていた私を、

完全に開放して

ハッピーであることに振り切ろうと、

仕事も遊びもやりたいことをすべてやり切る!!と決めたのです。

 

SNS、YouTubeから発信

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エキサイティングな”非日常”と

最高級の幸せの形を追求した”日常”から、

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そしてそんな輝いてる大人達を増やしていくのが私のミッションです。

 

私の発信が、あなたにとってのキッカケとなれるよう、

全力のアウトプットをしていきます。

どうぞよろしくお願いいたします。

 

長くなりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございます!!

 

 

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